声明全文「災害時の乳幼児栄養支援に関する声明:国際ガイドラインに沿った防災対策を」
災害時の乳幼児栄養支援に関する声明:国際ガイドラインに沿った防災対策を
2019年3月11日
NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会(JALC)
母と子の育児支援ネットワーク 災害時の母と子の育児支援共同特別委員会
災害時に災害弱者である赤ちゃんとお母さんを守るためには、個別のニーズに沿った適切な支援が必要です。災害対策として乳児用液体ミルクの製造・販売が開始されました。災害に備えるには、乳児用ミルクの備蓄だけではなく、乳幼児栄養全体を見据えた防災対策が必要です。私たちは災害時の乳幼児栄養に関する世界共通のガイドラインを基に、以下の声明を作成しました。
声明のポイント
- 災害時における乳幼児栄養においては、国際ガイドラインに準拠する
- 災害時には、母乳の分泌量にかかわらず母乳を飲ませている人には、母乳が続けられる支援を(授乳スペース整備と相談できる支援体制との連携)
- 災害時には、乳児用ミルクは必要な人に必要十分な量が届くように(一律配布せずアセスメント)
- 平常時に自治体が乳児用液体ミルクを備蓄する場合、ローリングストック方式で期限の迫った製品を妊娠中の女性や母乳でそだてている母親に試供品として提供しない(国際規準の遵守)
- 乳幼児栄養に関する計画的な防災対策を(ガイドライン作成、自治体レベルでの乳幼児栄養救援計画と体制づくり、人材育成など)
1. 災害時の国際ガイドラインについて(最新版)
国連児童基金(UNICEF)、世界保健機構(WHO)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国際連合世界食糧計画(WFP)などの国連機関や緊急救援活動に取り組むNGOや専門家から構成されるIFE(Infant Feeding in Emergencies)コアグループは、災害時の国際ガイドラインとして2017年に『災害時における乳幼児栄養:災害救援スタッフと管理者のための活動の手引き』第3版を出しました。
この 国際ガイドラインは、過去の被災地支援で多くの乳児に下痢や死亡が起きた問題を踏まえ、災害時にまず母乳育児を保護・推進・支援をすること、そして母乳が手に入らない場合は代替栄養である乳児用粉ミルク・乳児用液体ミルクが安全に使われるよう勧告しています。(このことは日本栄養士会の指針にも紹介されています。)また、乳児用ミルクや哺乳びんの被災地への寄付や乳児全員への一律配布はしてはいけないことも記されています。
EUなど先進各国でもこうした災害時の乳児栄養法に関する方針や施策を策定・承認しています。
2. 母乳の分泌量にかかわらず母乳を飲ませている人には、母乳が続けられる支援を
母乳には多種類の免疫が含まれ、乳幼児を病気から守ります。衛生状態が悪くなりがちな災害時、たとえ少しの量でも母乳を飲めていることで、赤ちゃんは感染症のリスクから守られます。母乳を飲ませているお母さんが母乳を継続できるように支援することが大切です。
母乳で育てることができるどうかは、本人の体質ではなく、産科施設や周囲の支援によるところが大きいことがわかっています。日本新生児成育医学会は、「緊張や不安で母乳の出が悪くなるようなことがあっても一時的なもので、リラックスして授乳できるようになればもとのように出てきます」と書いています(「被災地の避難所等で生活する赤ちゃんのためのQ&A」)。日本栄養士会の指針でも「安心して授乳できるプライベートな空間を確保できるよう配慮」し、「安心してリラックスできるよう温かい支援と声掛けを」と書かれています。授乳スペースの整備とともに必要なのは、授乳に関する心配ごとがあった場合に科学的根拠に基づいた情報を提供しながら母親に寄り添って支援できる相談先があることです(備考1参照)。
3. 必要な人に必要十分な量の乳児用ミルクが届くように
災害がひとたび起こると、乳児用ミルクや哺乳びんは医薬品・医療器具と同等に慎重に扱う必要があります。つまり、一律に配布するのではなく、月齢、被災前と現在の栄養法を把握し、必要な赤ちゃんに必要な期間支給しなければなりません。現場のニーズをアセスメントできる専門家の指導の下に支給されることが必要です(災害時小児周産期リエゾンと被災自治体・専門家による連携など)。そのため、国際ガイドラインには、災害時に乳幼児用ミルクや哺乳びんを寄付したり受け取ったりしないことが明記されています。これは、災害多発国ニュージーランドの厚生省のガイドラインにも取り入れられています。
よくある誤解に「災害時にはストレスで母乳が出なくなる」というものがあります。日本周産期・新生児医学会は、このような不適切な情報とともに乳児用ミルクが配布されることについて憂慮するという注意喚起を出しています。母親たちが、災害時に母乳が止まるかもしれないと不安をあおられ、不安から乳児用ミルクに頼ることでますます母乳分泌が妨げられる、といったリスクをかえって高めてしまうことも懸念されます。災害時には、どうしても母乳で育てることが難しい赤ちゃんに対して、限られた資源を集中させる必要があります。それを可能とするためにも、母乳が続けられる支援と乳児用ミルクが十分に届けられることの両方が大切です。
4. 自治体、企業は「国際規準」の遵守を
災害時の国際ガイドラインによれば、WHO「母乳代用品のマーケティングに関する国際規準」(備考2参照)に沿った防災対策をすることが重視されています。最も脆弱な乳児の命を守るため、特に災害が宣伝の場に使われることは避けなければなりません。
「国際規準」が規制しているのは、母乳代用品の製造や販売ではなく、販売促進活動や宣伝です。したがって、平常時の自治体の備蓄において、賞味期限が短いからとローリングストック方式で、妊娠中の女性や母乳で育てている母親に試供品を配布したり、バウチャーを配布することも「国際規準」違反となります。「災害時には母乳が止まる可能性があるから」という必ずしも正しくない認識で、母乳で育てている母親に乳児用ミルクや哺乳びんの備蓄を勧めることも不適切です。「国際規準」では、政府(地方自治体)は、乳幼児栄養に関して、客観的で首尾一貫した情報が提供されるよう保証しなければなりません(第4条1項)。2016年の世界保健総会で決議された「乳幼児用食品の不適切なプロモーションをやめるための指針」は企業だけではなく政府やNPOも対象と書かれています。保護者に試飲させたり、議員が試飲して乳児用ミルクを勧める写真を掲載したり、男性の育児参加推進になると宣伝することも不適切な宣伝といえます。
5. 計画的な防災対策を
国や自治体が、国や都道府県の責任で国際ガイドラインに基づく災害時の乳幼児栄養に関する指針を作成し、自治体レベルでの乳幼児栄養救援計画と体制づくりを行なうことが求められます(災害時小児周産期リエゾンや民間団体との連携を含む)。また、科学的根拠に基づいた情報を提供しながら母親に寄り添って支援できる人材の育成が不可欠です。
備考:
- 災害時の国際ガイドラインでも、被災地の産科施設がWHO/UNICEF「母乳育児がうまくいくための10のステップ」に基づいて新生児が早期から母乳だけで育てられるように支援することを推奨しています。また、災害時の母と子の育児支援共同特別委員会では、災害時の栄養について心配ごとのある母親に無料で電話相談に乗っています。東日本大震災の時はユニセフと協働して電話相談を担いました。国際ガイドラインの中でも、スタッフのトレーニングに関して国内で情報を得たい場合、それぞれの国や地域のラクテーション・コンサルタント協会やラ・レーチェ・リーグが挙げられています。母と子の育児支援ネットワークは、日本ラクテーション・コンサルタント協会、ラ・レーチェ・リーグ日本、母乳育児支援ネットワークの3団体が連携して活動しています。(詳しくはhttps://i-hahatoko.net)
- WHO「母乳代用品のマーケティングに関する国際規準」には例えば以下のような条項があります。
・一般に向けた乳児用ミルクや哺乳びんの宣伝や販売促進はしてはならない
・製造業者・流通業者は、妊娠中の女性や母親、その家族に、試供品の提供や無料もしくは低価格(割引クーポンや特売など)で提供しない
・保健医療システムは、製品の販売促進に利用されてはならない(注:保健医療システムとは、政府、非政府組織(NGO)や民間の 運営する施設もしくは団体で、母親、乳児、妊娠中の女性 の健康管理に直接、間接にかかわるもの。保育所や災害救援団体も含まれます)
・製造業者も流通業者も、政府が実施のための行動をとっていないかどうかにかかわらず「国際規準」に従う
IFEの国際ガイドライン(日本語版)はJALCもしくはENN(Emergency Nutrition Network)のサイトから自由にダウンロードできます。災害時の乳幼児研修などでまとまって冊子(無料)が必要なかたは母と子の育児支援ネットワークにお問い合わせください。送料着払いでお送りします。なお、現在、災害時の母と子の育児支援共同特別委員会の「災害時の母乳育児相談~援助者のための手引き」を注文された場合、IFEの国際ガイドライン(無料)も同封してお送りします。
参考文献
IFE コアグループ『災害時における乳幼児栄養:災害救援スタッフと管理者のための活動の手引き』第3版
日本新生児成育医学会 被災地の避難所等で生活する赤ちゃんのためのQ&A
日本栄養士会 日本栄養士会災害支援チーム『赤ちゃん防災プロジェクト 災害時における乳幼児の栄養支援の手引き』
日本周産期・新生児医学会 先進国における災害時の乳児栄養 (2010,3/17, 2011/04/3改訂)
WHO/UNICEF「母乳育児がうまくいくための10のステップ」
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